掌蹠膿疱症の治療をしていく上で大切だと思うこと。

  本日のショーセキ情報

右手親指の付け根に新たなのーほーちゃんたちが遊びに来ているが、主は大宴会の片付けに忙しくほどほどにしか構ってやれない状況。宴会の後は皮膚のダメージがひどくなるため、保湿重視で東奔西走中。琵琶湖は干ばつの危機に陥っているが、主はプロペトで冷静に対処。何事にも愛情を持って、迅速丁寧を心掛けて活動中。

 

私思ったんだけど、掌蹠膿疱症の患者さんが書くブログの中で、私って一番ふざけてると思うの。表現の仕方や文章の書き方が。恥ずかしいんだけど、時々読み返して自分でウケたりするのよね。まったく、何書いてんだかって。 

でもね。文字や言葉でふざけていても、わかりやすくイメージしてるつもりなのよ、これでも。それに、ブログって基本楽しむものだし。読む人も、もちろん書く人もね。

 

さて。今回、何故こんなお硬いタイトルにしたかというと、この掌蹠膿疱症という病気に自分がなって思ったことや感じたことを、少し真面目に書きたいなって思ったからなの。たまには、根が真面目ってとこも見せないといけないし。少し長いけど、一生懸命書くからどうかお付き合いしてね。

 

私がこの病気を発症したのは、去年の春。仕事柄、最初は洗剤による手荒れか手湿疹だと思っていた。でも、異常なまでに変化していく手の状態が怖くなってきて、慌てて受診したら、掌蹠膿疱症という耳にしたこともない病気に辿り着いてしまった。

 

ネットで色々と調べていくうちに、だんだん気持ちが落ち込んでいったのを覚えている。この病気が完治するまでに要する時間が、年単位のものだと知ったから。

早い人で一年。長い人だと十年以上かかってしまう。これといって決め手となる治療法も確立されておらず、有力とされるビオチン療法でさえも懐疑的な意見が多く存在するという実状。

そんな情報ばかりを得て、楽観的に前向きな気持ちになれる人はいない。でも、手のひらや足の裏に出る症状は、紛れもなく実際に起こっている免疫異常の証。

繰り返し出る多数の膿疱は、自分の体内で起きている異常がもたらして出来たもの。だったら、自分でなんとかするしか方法はない。病気になったことを恨んだり悩んだりする時間があったら、自分で良いと判断した治療法で対処していくしかない。

 

出ては消え、消えてはまた出る膿疱のように、いくら気持ちが浮き沈みしたっていい。ポジティブになんていつも思えるほど、人は強くないのだから。

いい時もあって悪い時もある。繰り返し出る膿疱の状態のように、患者の心も同じように変化があって当然だ。

ただ、どんなに辛くても忘れてはいけないことがある。それは、いつか必ずこの病気は治る。そう信じる気持ち。ネガティブになった時でも、それだけは心の片隅に残しておいた方がいい。

それには、同じ掌蹠膿疱症を患っている人たちとの関りが必要となってくる。なぜなら、この病気になった辛さや苦しみが理解し合えるから。人は、気持ちをわかってくれる人に安心感を抱くもの。

時には支え合い、時には励まし合い、時には間違いを指摘する。それは、敢えて相手のためにすること。自分も同じ思いをしているからこそ、相手のために出来ること。

 

たった一人で立ち向かうには、この病気は少々手強すぎる。それは、発症一年目の私にだってわかる。だから、私はこのブログを立ち上げた。きっと、同じ思いをしている人に出会えると信じて。

そして、何人かの人がここの扉をノックしてくれた。私はその人たちと出会えて、この病気と向き合っていく勇気を分けてもらった。情報と思いを共有し、波はあるけれど、この病気と向き合っていけるようになった。

それが、掌蹠膿疱症の治療において大切なことの一つだと思っている。

薬はもちろん必要不可欠。でも、それだけじゃ精神的にもたない。だから、「一人じゃないよ」と教えてくれる出会った人たちに、いつも感謝している。

 

この私の考えが、同じ病気で苦しんでいる人たちに理解してもらえたら、とても嬉しいです。私は、この病気が治るまで発信していきます。 

いつか、綺麗な手足に戻れるその日まで。 

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