お誕生日、おめでとう。

今日は、3年前に亡くなった父の誕生日。。。

 

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血の繋がった父親ではなかったけれど、私が3歳の頃から母と付き合っていたから、ずっと兄のように慕っていた人だった。

 

5年前の春。

父は末期の大腸がんと診断され、医師から余命1年と告げられた。

本人も母も私も、頭の中が真っ白になった。

そして、すぐ目の前が真っ暗になったのを、今でも鮮明に記憶している。

それは、とても、残酷な時間だった。

 

それから、私は仕事を辞めて、ずっと父に寄り添い共に時を過ごした。

何も出来ないけれど、お父さんと一緒にいたい。

私には、その思いしかなかった。

 

でも、辛い闘病生活も空しく、父は3年前の6月に息を引き取った。

故郷から駆け付けてくれた兄弟たちと、私の母と姉、

そして、私たち家族に見守られながら。

 

もうこれ以上、涙が出ないんじゃないかって思うほど、たくさんたくさん泣いた。

息子たちも、一緒に泣いてくれた。

パパも、私の肩を抱いて泣いてくれた。

その時、私の肩をポンポンって叩いてくれたパパの優しさが本当に嬉しくて、いつまでも涙が止まらなかった。

 

父は、コンクリートミキサー車の運転士だった。

薄いオレンジ色の、27という番号が入った車。

大きな大きな、とってもカッコイイ車だった。

今でも、偶然街で走っているのを見かけると、人が行き交う中でも涙がこぼれてしまう。

 

お父さん

今、どこにいるの?

笑ってないで、答えてよ。

 

そんな思いが溢れ、涙と共に流れる。

 

私は、父のことをずっとお兄ちゃんと呼んでいた。

でも、病気がわかってから、少し恥ずかしかったけど、お父さんって呼ぶようにした。

呼ばなくちゃいけないんじゃなくて、そう呼びたいって、自然に思ったから。

 

ねぇ、お父さん。

きっと、お父さんも恥ずかしかったよね。

 

父との最後の1年間。

辛いことや悔しいことや、悲しいことがたくさんあったけど、父と一緒に過ごせたことは本当に幸せだったと思ってる。

あんなにも精一杯、父の心と体に寄り添えた時間が、今では大切な思い出になっているから。

 

「ひろちゃんがいないと、だめ。」

 

それが、お父さんの口癖だったよね。

甘えん坊の子供みたいで、なんだか可愛かったな。

 

 

お父さん

お誕生日おめでとう

 

 

私は、お父さんがいなくなった日より、お父さんの誕生日を、

ずっと、そっと心の中にしまって生きていきたいよ。

 

 

会いたいよ

お父さん

 

 

笑った顔が、見たいよ。 

もう一度、声が聴きたいよ。

 

 

お父さん

お誕生日、おめでとう。

 

 

きっと、届いてるよね。

 

 

大好きだよ、お父さん。

いつか、また会おうね。

 

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